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「○○女子」は定着するが、「○○男子」という言葉は定着しない 二十代男子の居場所はどこにある?

ブックオフで100円で購入した村上龍の「男は消耗品である」を読む。その中で、「メディアは若い男の味方ではなく、当人たちは元気がなくなる一方である」みたいな下りを見つける。

 

すべての男は消耗品である (集英社文庫)

すべての男は消耗品である (集英社文庫)

 

 

自分はCMでモデルほどきれいでもない女性が楽しそうにしているCMや広告に違和感を覚えてきた。そんなにきれいでなくとも、若いと言うだけで脚光を浴びているように見えたからだ。「女性活躍社会」ということもたたきだした。一日でクビになったブライダルのアルバイトは全員従業員が女性で、気が強い人たちばかりで、自分だけ取り残されたまま六時間を過ごした思い出もある。

 

小さな嫉妬心を抱えるが、女性に勝とうという気はない。 ただ、二十代男子がもう少し生きやすくならないかとも思うのだ。

 

自分が思う二十代男子の偏見をあげてみる。

・元気がない
・しゃべることがつまらない
・優柔不断
・知識を持っているが表に出さない
・青臭い
・画に華がないからテレビに映らない
・お金を落とさないから商業の需要にしない
・小難しいことを言っても説得力がない、頭に入ってこない、反論されるとすぐに自分の意見を変えてしまう
・みんなに好かれようとしている
・不倫して叩かれる議員のごとく、仕事場で毎日のように態度を責められる日々を送る
・それに対して「うぜぇ」、「あいついつかぶっ殺す」という反骨精神が持てず、直接受け止めてしまい、へこんでしまう
・自信がないから結婚しようという気にならない。結果、草食系男子とか言われる。
・ある専門分野には強いが、生産性がない。他人に評価されるものでない。表に出すたぐいの物でなく、内に秘めるだけで終始する。

・・・


「女は最初からアイテムを持っていて、年齢を重ねるごとにそれが失われていく。
男は年齢を重ねるごとに、アイテムを持ち出していく・・・」
闇金ウジシマくんにそんなセリフがあった。

 

三十代、四十代になって、アイテムを持った状態で世の中に渡って行けているのかもしれない。三十代、四十代の男性はどこか一緒にいてどこか安心感がある。仕事でも少しの世間話をしてくれると楽しかった。


しかし今の時代だと、二十代男はアイテムを手に入れる前に心が折れてしまうのではないだろうか。不安を抱えながらなんとか挑戦していき、

 

三十になって二週間が経つ。三十という年齢の重みを感じると共に、少し自分への安定感も感じる。三十年生きてきたという歳の安定感だ。

 

自分の人生は暗いものだった。かわいそうな人生とも言われたし、なにが楽しくて生きているのか分からないとも言われたことがある。

 

しかし、もしかしたら三十歳、四十歳という年齢でこれだとまた話が違ってくる。暗いのも変に落ち着きがあるように感じることもある。実際、映画の撮影スタッフとして参加したとき、仕事の時、暗い四十、五十男性を見ていて、それが暗い人には見えなかった。落ち着いていて安心感があった。自分は四十、五十の男性のあの安心感に少し憧れがある。今は暗い人生だが、四十、五十になればそれが安心感、味になるのかも知れない。

 

しかし、二十代の自分を救いたいとも思うのだ。アルバイトで十件以上落ちていたこと、三年間暗い小説を淡々とブログにアップしてアクセス数が1000もなかったこと、

 

女子に勝とうという気はない。女子会、●●女子、女子中高生に人気の曲や動画、そんなもてはやされ方をして、なにくそっとも思うのだが、男は男でフィールドを替えた方が良いと思うのだ。流行りの曲に合わせてダンスする動画を撮るわけにもいかない。

 

カフェにお金を落とすわけでもない。結婚資金を貯めなければならないし、何十万という自分の趣味の欲しいものを買うために無駄金を使うわけにはいかないのだ。
彼女のためにお金を使わなければいけないのだ。

 

二十代男子が輝く瞬間。それは好きな物、趣味の話をしているときだと思う。だからアメトークの○○大好き芸人とか、オタクとかが今の時代にはまっているように。好きな物がある者同士で集まり、情報を交換し、他の誰にも負けないような知識を持つ。他の人に自分の知識を語り、相手にも情報を求めて、他分野の知識を得て、多方面に強くなっていく。

 

専門的な知識が強くなるほど、その人脈が強くなるほど、二十代男子は輝くのではないだろうか。ファンサイトを作ったり、クイズを作ったり、スティーブンキングカフェなんか作ったりして、異世界のフィールドに身を置くことで、どんな波にも流されない、強力な自信になるのではないか。

 

本を読んだり映画を見たりすることが気軽な今の時代なら、そんな生き方がいいはずだ。しかしどこでそういう専門的な人間と知り合うのだろう。せいぜいミクシィや専門的な知識を描くブログにコメントを添えることぐらいだ。車やバイクなら掲示板で知り合えるかも知れないが、好きな作家、スティーブンキングが好きやら、サイレントヒルが好きという人間が集まることができるのだろうか。

 

好きなことを知っている人間に話すことが出来る。それは幸せな時間だと思う。どんな細かなマニアックなジャンルでも、知り合って話せるようなサービスが定着すれば、もう少し男も生きやすくなるのではないかという、そんな提案を考えてみた。